映画『Desert Flower』(デザート・フラワー)でアフリカ英語(ソマリア)

desertflower3 数週間のアフリカ旅行から羽田空港に戻ってくると、誰もが急いでいるように見えて驚くことがあります。電車の改札に向かって猛ダッシュで背後から追い越されると、恐怖心さえ覚えます。終電でもなく、少し待てば次の電車が来るにもかかわらず、全力で走る人々。余程早く家に帰らなければならない理由があるのか、それと一分たりとも長くこの場所にいたくないのか。
 おそらくそのどちらでもなく、ただただ理由もなく急ぎ、また急ぐことが習慣になっているのだということを、自分の日本での生活を振り返り、思い出します。アフリカでの滞在は決して長いものであはありませんでしたが、それでもアフリカ時間のスピードに身体が慣れ始めていたことを感じます。

 映画『Desert Flower』は、同名のワリス・ディリーの自伝を元にした作品。著書の中で彼女は彼女の時間の感覚を次のように説明しています。

 
Like the rest of my family, I have no idea how old I am; I can only guess. A baby who is born i m country has little guarantee of being alive one year later, so the concept of tracking birthdays does not retain the same importance. When I was a child, we lived without artificial time constructions of schedules, clocks, and calendars. Instead, we lived by the season and the son, planing our moves around our need for rain, planning our day around the span of daylight available. We told time by using the sun. If my shadow was on the west side, it was morning; when it moved directly underneath me, it was noon. When my shadow crossed to the other side, it was afternoon.

わたしは自分が何歳なのか、正確には知らない。ほかの家族もそうだ。赤ん坊は生まれても、翌年まで生きるかどうかわからない。だから誕生日のことなどあまり考えない。こどものとき、わたしは人間のつくった時間とは無縁に暮らしていた。わたしたちには時計もカレンダーもない。わたしたちは季節の移り変わりと、太陽を基準に暮らす。雨を求めて移動し、一日は日が出ているあいだだけ活動する。時間は影を見て判断した。影が西側にできれば、それは午前、真下にできれば正午、反対側にできればが午後だ。一日の終わりが近づけば、影も長くなり、そろそろ帰る時間だとわかる。(略)

In New York, people frequently whip out their datebooks and ask, “Are you free for lunch on the fourteenth – or what about the fifteenth?” I respond with “Why don’t you call me the day before you want to meet up?” No matter how many times I write down appointments, I can’t get used to the idea. When I first came to London, I was mystified by the connection between people starting at their wrist, then crying, “I’ve got to dash!” I felt like everyone was rushing everywhere, every action was timed. In Africa there was no curry, no stress. African time is very, very slow, very calm.

ニューヨークでは、人々はスケジュール帳をぱらぱらめくり、「14日のお昼、一緒にどうかしら?あるいはそうね、15日ではどう?あいてる?」などと訊く。わたしは「その日に、会いたかったら電話してみて」と、こたえる。何度約束を書き留めても、わたしはどうしてもこの習慣に馴染めない。最初ロンドンに行ったとき、人々が自分の手首を見て急にあわて、「いそがなきゃ!」などと叫ぶのが不思議でならなかった。だれもがどこかへ走っているように見え、なにをするにも時間が限られているように見えた。アフリカでは、いそいだり、細かく時間を気にしたりすることはない。アフリカの時間はゆっくり、ゆったりとすぎる。


『砂漠の女ディーリー』(DESSERT FLOWER)(ワリス・ディリー著 / 武者圭子訳)

 このような価値観、相手の生活様式などを理解しておくことは、よいコミュニケーションを取る上で言葉を学ぶことと同じくらい大切なことなのかもしれません。

http://youtu.be/kpCfYcE0fQg