映画『White and Dry Season』(白く乾いた季節)でアフリカ英語

White and Dry Season 1976年の南アフリカ。反アパルトヘイトを唱える白人教師の体験を通して、ソウェト暴動が起こった当時の様子を描いています。アンドレ・ブリンクの同名の小説の映画版。
 タイトルの『White and Dry Season』(白く乾いた季節)という詩的な響きからわかるように、これは南アフリカのMongane Wally Serote(モンガーネ・ウォーリー・セロート)の詩『For Don M Banned』から取ったもの。小説の冒頭にその詩が紹介されています。
 セロートは、1944年南アフリカ生まれ。ソウェトの高校を卒業。タウンシップ(黒人居住区)詩人、もしくはソウェト詩人と呼ばれ、政治活動、黒人アイデンティティの高揚、反政府闘争をテーマとした作品が多かったとのこと。1969年6月、反テロリズム法の下で逮捕され独房に監禁されますが、9ヵ月後訴追されることなく釈放されます。出所後はニューヨークのコロンビア大学でファインアートを学び、さらにロンドンに移ります。その後も、セロートは南アには戻らず、亡命状態でロンドンやボツワナで暮らすことになります。

For Don M. – Banned – Mongane Wally Sarote
(禁じられた詩人Don Matteraのために - モンガーネ・ウォーリー・セロート)

It is a dry white season
dark leaves don’t last, their brief lives dry out
and with a broken heart they
dive down gently headed for the earth
not even bleeding.
it is a dry white season brother, only the trees know the pain as they still stand erect
dry like steel, their branches dry like wire,
indeed, it is a dry white season but seasons come to pass

ドライ・ホワイト・シーズン
黒ずんだ葉は長持ちせず、束の間のいのちは枯れはて
傷心を抱いて静かに地面へ落ちてゆく
一滴の血さえも流れない。
ドライ・ホワイト・シーズンだ、弟よ
木々だけがまっすぐにじっと立ちながら痛みを知っている
鋼鉄のようなドライな木々の枝は針金のようにドライ
そう、ドライ・ホワイト・シーズン
だがどの季節も過ぎ去るためにやってくる。

 『白く乾いた季節』(大熊 栄 訳)より引用

51Az8qWwNvL._SS500_ ”Don M”は、詩人Don Matteraのこと。彼は1973年から1982年までの9年余り、行事に参加すること、聴人前で話すこと、公的な儀式に参加すること、友人を訪ねること、特定の地域から出ることを禁じられました。また、その内の3年間は自宅監禁状態にありました。

 ドライ・ホワイト・シーズンとは、南アフリカ高原の乾燥した冬を表しています。木の葉はすべて枯れ落ちて、全ての生命が死に絶えたような厳しい気候。この不毛な季節を、白人が支配するために作った南アフリカのアパルトヘイトに例えています。そして、すべての季節がそうであるように、この季節もいつかは終わり、新しい春が来ると歌っています。

 そもそも、この映画の中でも扱われている1976年のソウェトでは何があったのでしょうか。

 前年の1975年にバンツー教育担当(つまり黒人分離政策に基づく教育政策を担当する)大臣の通達が出され、すべてのバンツー中等学校の数学および社会はアフリカーンスで教えなければならないことになった。英語での教育を望む黒人教師と黒人父母がこの通達に反発し、やがて生徒達も参加する一大抗議運動へと発展した。1976年6月、少数の中等学校のデモ呼びかけに応じ、約1万5千人の生徒がオーランド・ウェスト・ジュニア・セカンダリー・スクールに集まった。ボール紙に書かれた生徒たちのスローガンは「アフリカーンス語はいやだ」「アフリカーンス語は抑圧者の言葉」「われわれにアフリカーンス語を押しつけるのなら、フォルスターはズールー語を勉強しろ」といったものだった。急に招集された警察隊は催涙ガスで生徒たちを追い散らそうとしたが、それに失敗すると発砲し、二人の死者とたくさんの負傷者を出した。

 『白く乾いた季節』(大熊 栄 解説)より引用

 「個人が自己の属する社会と自己が生きている時代に対して責任を負わねばならない」。これがアンドレ・ブリンクが『白く乾いた季節』を書いた理由だと彼は語っています。人間は正義を失ってはならないという強い信念に基づいて、主人公ベン・デュ・トイのたったひとりの反乱を描いたのでした。
マーロン・ブランド演じるマッケンジー弁護士は、次のように語っています。

“Law and justice are distant cousins, and here in South Africa they’re not on speaking terms at all.”

法と正義というものは、南アでは遠い親戚のような存在になる。互いに口を利かなくなるほど仲が悪くなる場合もある。

 アンドレ・ブリンクの言葉を借りるならば、私が属する社会と私が生きているこの時代に、私は責任を負わなければなりません。「ここに正義はあるのか?」まず、そう問いかけることから始めたいと思います。

http://youtu.be/F_Mj5AA_m5w