映画『Flags Of Our Fathers』(父親たちの星条旗)でアメリカ・テキサス英語マンツーマンレッスン

ETCマンツーマン英会話  ジェイムズ・ブラッドリーの原作『Flags Of Our Fathers』は、こんな一節で始まります。

  Mothers should negotiate between nations.
  The mothers of the fighting countries would agree:
  Stop this killing now. Stop it now.
  - YOSHIKUNI TAKI

  国と国の間のことは、母親たちが協議をしたほうがいい。
  戦う国々の母親たちは、この殺戮はもうやめよう、
  こんなことはもうやめよう、という点で同意するだろう。
  - ヨシクニ・タキ

 日米問わず硫黄島で戦った人々の多くが結婚さえしていない10代の少年たちだったことを知ると、この言葉がより説得力を持って迫ってきます。戦争を始めようとしている人々、戦争ができる国にしようとしている人々が、母でもなく、10代の少年たちでもなく、実際に戦地にはいかないであろう一部の大人の男たちであるのを見るにつけ、強い嫌悪感と、危機感を抱いてしまいます。

 戦争とは何であったか?戦争を知る人々が、そのことを語りたがらないという事実もあります。ジェイムズ・ブラッドリーの父、ジョン・ブラッドリーもそうでした。「父はなぜ語らなかったのか」と、ジェイムズは父の監督官だったジェイムズ・ウィットマイヤー博士にたずねます。彼は穏やかな口調でこう答えました。

  ”You ever hold a broken raw egg in your hands? Well, that’s how your father and I held young men’s heads.” The heads of real heroes, dying in my father’s arms.
  「こわれた生卵を両手で持ったこと、あるかね?君のお父さんやわたしは若者の頭をそうやってささえてきたんだ。」父の腕の中で死んでいった本当のヒーロー達の頭をだ。

 筆舌に尽くしがたいこと。それが戦争の中で起こっています。戦争を知らない世代は、それでも漏れ伝わってくる貴重な戦争体験者の言葉のその先を、最大の想像力を持って思いを馳せる必要があるのかもしれません。

 硫黄島の摺鉢山に星条旗を掲揚する写真の一番右端に写っているのは、テキサス州リオ・グランデ・ヴァリー出身のハーロン・ブロック。この写真が撮られた6日後に戦死しています。まだ20歳でした。この写真が発表された当初、これはハーロンではなくハンク・ハンセンと謝って報じられていました。しかし、ハーロンの母ベルだけは「これは息子に間違いない」と、その後姿をひと目だけで確信したそうです。しかし、父のエドには全くわかりませんでした。母は最後まで息子の出兵には反対していたのでした。

  (chapter 7、42分26秒辺りから)
 Ed:
 Yeah, I might have thought that was Harlon too.
 ハーロンにも見えるが
 Belle:
 It is.
 あの子よ。
 Ed:
 Belle, their names are right here. It’s not him.
 ベル、あいつの名前は載ってないだろう。
 Belle:
 And he would be alive and sitting right here if it wasn’t for you
 あの子がここにいないのは、あなたのせよ。
 You think about that when you at his picture, Ed.
 その写真を見るたびに思い出すがいいわ。
 

 南部アメリカ英語の特徴は、southern drawl. 短母音の”i”は、震わせながら長く引き伸ばします。上の会話では、”it is.”が、”it eeez.”のように聞こえます。また、”here”などのようにr音が単語の最後に来る場合は、r音がより強調されやや鼻声になります。

▽Flags Of Our Fathers trailer

(*)参考図書
硫黄島の星条旗 (ジェームズ・ブラッドリー)
Flags of Our Fathers (James Bradley)
十七歳の硫黄島 (秋草鶴次)