イチロー選手へ感謝の気持ちを伝える英文レター

The Seattle Timesに掲載された全面広告

The Seattle Timesに掲載された全面広告

 特別な人への感謝を伝える手紙。そこには人の心を動かす素敵な表現が溢れているに違いありません。また、より効果的に気持ちを伝える為には、その伝え方にちょっとした工夫を凝らすことも、大切かもしれません。

 米大リーグのシアトル・マリナーズのディー・ゴードン(Dee Gordon)内野手は2019年3月28日、チームメートで3月21日に引退を表明したイチロー選手に感謝を伝える全面広告を、地元紙シアトル・タイムズに掲載しました。

 それは「THANK YOU, ICHIRO.(サンキュー、イチロー)」というタイトルで、ゴードン選手がイチロー選手の感謝の思いを綴った手紙の形式になっていました。

I didn’t think a tweet or Instagram post was appropriate for the occasion, so I wanted to do it the right way and tell you how much I appreciate you as loudly as possible. Without your friendship and guidance — (略) — there wouldn’t be a batting champion named Dee Gordon.

 (ツイートやインスタグラムへの投稿は、この場合は相応しくないと思いました。そこで最も効果的な方法で、そして可能な限り大々的に、私があなたにどれほど感謝をしているかを伝えたいと思ったのです。あなたの友情とアドバイスがなければ、ディー・ゴードンという名のバッティングチャンピオンは存在しなかったでしょう)

 大リーグでは、球団を去る選手が地元紙に広告を載せて、ファンにメッセージを送る習慣があるそうです。他方、引退する選手に対し、別の選手が惜別の広告を出すのはとても珍しいそうです。

 ゴードン選手は、イチロー選手とはマイアミ・マーリンズ時代に同僚になり、シアトル・マリナーズでも再びチームメートになりました。イチロー選 手は1973年年生まれのの45歳なのに対し、ゴードン選手は1988年生まれの30歳。イチロー選手より15歳年下です。

 イチロー選手に初めて出あったのはゴードン選手が16歳の時。2004年にヒューストンで開催されたオールスターゲーム。ゴードン選手は父親に連れられて球場に来ていました。その時の様子を手紙(全面広告)の中で、次のように振り返っています。

I remember walking across the field with my dad around 3 p.m., and you were already there stretching and getting ready — at the All-Star Game! No one does that!

 (午後三時頃父に連れられてグランドに出たら、あなたは既にストレッチを して試合に備えていました。オールスターゲームでそんなことをする選手は イチロー以外にはいませんでした)

It seemed like everyone else was huge and hit homers, but you stayed true to yourself, your work, your process, and, most importantly, your culture. You showed me that I could do anything and everything I could possibly want to do in this game, even when literally everyone is twice as big as us、

 (あなた以外の選手は皆、身体が大きいホームランバッターばかりだったと思いますが、そんな中あなたは、自分自身に、あなたの仕事と一連の行動に、そしてなによりもあなたが作り上げた文化に忠実でした。文字通り身体が私達の倍あるような選手に囲まれていても、野球では私がやりたいことがなんだってできる、ということをあなたは教えてくれました)

 ウィキペディアによれば、ゴードン選手の身長は約180.3cmでイチロー選手と一緒。体重も約77.1kgとのことで、イチロー選手とほとんど変わりません。

 少年時代のゴードン選手は、バスケットボールに熱中していました。しかし、高校に進学した頃には自分のような小柄な体格ではNBAを目指すのは難しいと考えるようになり、2005年になって野球を始めたそうです。

 彼のこの決断にイチロー選手の姿が影響を与えていたことは間違いないようです。

Before I made the decision to play baseball, I remember looking at you and thinking to myself, ‘Damn, bruh skinny like me, so if he could do it, I most definitely can, too!’ You made me want to play baseball.

 (私が野球を始める前、「自分みたいに痩せた選手がいるんだ。彼にできるんだったら、自分にも出来るはず!」と思いながら、あなたを見ていたことを覚えています。あなたは、私が野球を始めるきっかけを作ってくれました)

 23日に開催されたマリナーズのファン感謝イベントでは、「この話は僕の度肝を抜いたんだけどね」と前置きしたうえで、ゴードン選手はイチロー選手とのこんな逸話を紹介し、会場は大爆笑となったそうです。

 ゴードン選手がマーリンズに入団した2015年のキャンプで、イチロー選手に挨拶をしたときのことです。

 「彼がロッカーに入ってきた時、僕以外には誰もいなかった。僕は彼の方へ近づいて行き、『ミスター・イチロー、初めまして。ディーと申します』って言ったら、『What’s up, my nizzle?(調子どうよ、兄弟)』って返してきたんだ」

51Vfb--ZRKL._SX389_BO1,204,203,200_ この「nizzle」は黒人同士が親しみを込めた呼びかけとして使われる俗語。黒人奴隷を意味する俗語’nigger’から派生した言葉だと言われています。このため、人種が異なると差別発言になりうる言葉であるため、辞書などでは「理解できる程度にとどめて、使用は控えた方が無難」など記載されています。

 イチロー選手が流暢な英語を話すことはよく知られています。おそらく、イチロー選手はこの言葉の意味合いを充分に理解した上で、あえてこのような言葉遣いをしたのでしょう。ゴードン選手に真の仲間であるという思いを込め、人種の違いを超え、年齢や経歴、様々な文化の違いを超えて、また自分がこのような言葉遣いをすることが、初対面のゴードン選手にはどのようなニュアンスで伝わるかさえも客観的に理解したうえで、ゴードン選手に親愛の情を込めてつながろうとしたのかもしれません。

 ゴードン選手もこのときのことを思い出し笑いしながら、「それ聞いた瞬間、『えーっ』みたいな。『これで俺たちは友達だよね。それいいね』って」と話したそうです。

イチロー氏との強烈秘話で大爆笑ゴードンが球団ファン感で明かす(デイリースポーツ/神戸新聞社、2019年3月24日)

 勿論、イチロー選手とゴードン選手の間の信頼関係、友情があればこそ成立する会話で、他のノンネイティブスピーカーが安易に真似するべき表現ではありません。

 イチロー選手がいかに流暢な英語を話すかは,下記のページにまとめています。あわせてお読み下さい。

ツイート“大炎上”は英語で?「イチローは英語を学ぶべきだ」

(*)関連リンク

デー・ゴードン選手が掲載した全面広告はこちらでご覧いただけます。

Thank you, Ichiro’: Dee Gordon takes out full-page ad in The Seattle Times dedicated to Ichiro (2019年3月28日、The Seattle Times)

全面広告の英文と日本語訳が掲載されています。

イチロー引退に泣いたゴードン、感謝広告「愛してるよ」 (2019年3月29日、朝日新聞)